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京の節分(1)吉田神社 [京の歳時記2月]

京都の節分は伝統行事が目白押し。中でも人気は吉田、壬生そして盧山寺。とくに吉田神社は室町時代に始まったとされる宮中行事の追儺式の形を残すといわれている。3日間も節分祭が続いて大混雑。参拝というよりもお祭に近い。とくに夜間に主な行事が集中するので元気な若い人が多いのも不思議といえる。しかし、参道沿いは京都大学のキャンパスが囲んでいるので、学生のデートスポットなのかとも思う。

2日に主役たち、方相氏(ほうそうし)、赤・青・黄の三鬼、侲士(しんし)の子供8人、上卿など。まずは山上の八角の屋根を持つ大元宮(注1)あたりから参道を下り始める。もちろんぎっしりと人が詰め掛けているのだが、鬼の声に人々も行く手の道を空ける。子供に向かって奇声をあげるので、泣き声もまじるようになる。やがて本殿につくと方相氏と鬼のバトル。次第に鬼の力が弱くなり、追い討ちをかけるように上卿が桃の弓で葦の矢を射る。鬼は追い払われる。

 NO132山下り始めの方相氏(左)とNO07020202松明で照らす山下り

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NO07020203ホラ貝で方相氏の山下りを先導(左)とNO方相氏は楯と鉾を持つ

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NO135追儺式神事(左)と同じく神事で弓矢を放つ上卿役(右)

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NO08020305神事が終わり鬼を追い立てる方相氏(左)NO09020204後ずさりする鬼たち

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NO07020206山に逃げる鬼は子供に吠える(左)同じくのけぞる子供(右)

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NO08020305大元宮前で方相氏と鬼再び相まみえる(左)とNO07020205大元宮で吠える鬼(右)

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NO07020201大元宮と厄塚(左)とNO08020306注連縄で結ばれた厄塚と神殿

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大元宮には厄塚が立つ。節分に追われた鬼が封じ込められる場所だといわれる。白木に縄が巻かれ上にススキの穂を下に榊と百日紅の若芽が添えられ藁で包んであるらしい。厄を一身に受け、参拝者はお札を持ち帰り、翌年火炉祭で焼くのだそうだ。

次いで3日には、境内に大きな火柱があがり夜を通して燃え続ける。これは火炉祭と呼ばれる。直径5メートル、高さ7メートルの金網式の炉の中に旧年のお札や神矢などがうずたかくつまれたのを燃やして参拝者には、その炎が無病息災をもたらし新春の幸運を授けると言われる。さらに4日にも、後日祭がある。

NO08020303火炉祭の火入れ(左)とNO08020301燃え上がる火炉 火は23時過ぎに点火される。夜中燃え続けるほどの量だ。

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この儀式は近くの平安神宮でも行われるが、こちらは鬼が出ない。昼にあるので吉田神社の暗さの中をうごめく鬼の迫力には人気の差が出てしまうのかもしれない(神宮さんのほうは形式美が素晴らしいのだが)。

  節分の3日間で約100万人が参拝するとのことだ。屋台は1000店を越えるという。これほどの店が集まるのは祇園祭の宵山しかないといってもいいかもしれない。しかもこの節分には福引があって、豆を買うと番号券をもられえる。景品はまことに豪勢で参道階段を上ると左手に即目に入る。是非数袋お買い求めあれ。

NO090020203表参道に幾重にも夜店が並ぶ(左)とNO09020205節分の福豆袋

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NO09020208福豆を買うと福引券がもらえ(左)NO09020206ご覧の豪華景品が当たる

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注1:大元宮は1601年の造営で重文。八角形の形をしている。神社としては極めて珍しい。吉田神道の斎場となった。江戸期には、一度お参りすれば全国の神社にお参りしたのと同じ効果があるといわれた

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